【映画】『イヴ・サンローラン』自由とデザインの人生
こんにちは。
ceramicsstarです。
映画『イヴ・サンローラン』はデザイナーのイヴ・サンローランがファッション・デザイナーとして活躍を始めた10代後半から晩年までに光を当てた作品です。
イヴ・サン=ローラン(ロラン)(フランス語: Yves Saint-Laurent 発音例、1936年8月1日 - 2008年6月1日)は、フランス領アルジェリア出身のファッションデザイナー。または、イヴの名を冠したファッションブランド。
ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、ポール・ポワレらとともに20世紀のフランスのファッション業界をリードした。2002年の引退まで、トップデザイナーとして40年にわたり活躍し、「モードの帝王」と呼ばれた。
(引用:wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3 )
恋愛至上主義
デザインに興味を持ち、若くしてクリスチャン・ディオールの後継者として活動することになるイヴ・サンローランが、その後の人生を共にするピエール・ベルジェと出会い、独立して栄光を手にするまでの経緯が当時の時代背景とともに描かれています。ただこの映画、デザイナー イヴ・サンローランのドラマを期待すると、非常に人間臭く意外な面を見せられることになるので注意が必要かもしれない。
それはデザイナーとしての悩みや葛藤より、サンローランとピエールの恋の始まりから、サンローランの他者への好意から起こるピエールの嫉妬、ピエールに対して感じるサンローランの息苦しさ、それでもピエールは公私ともにパートナーであるため、ときに激しく言い争いをしながらも、関係は続いていく、その経緯がやたらと長く執拗であること。
恋愛至上主義な彼らの真実の姿を描きたかったということでしょうか。
世の中に掃いて捨てるほどある、嫉妬や妬み、諍いといった決して美しくはない風景を、なぜここで明らかにさせる必要があったのか。物語もサンローランを見つめるピエールの視線で見つめている。
インスピレーションは期待できない
サンローランが、デザインのインスピレーションを何によって与えられ、どのように高められていったのか、というデザインへの姿勢については、さほど触れられていない。
イヴ・サンローランのデザインで有名な「モンドリアン」も画集を眺めて思いついたという、今でいうオマージュのような流れでしかなかった。(実際にそんなものだったのかもしれないのですが)
サンローランのドレスの影響か、今や「モンドリアン」と呼ばれているけれど、元祖モンドリアンのあれ何だっけ?となった場合でも、画家のピエト・モンドリアンや作品《Composition》どころか同時代の芸術家たちや芸術活動のストーリーが次々流れてくる。1966年のモンドリアンドレス、オシャレだなぁ。 pic.twitter.com/GCuNwBTe2x
— pascal (@pascal_hpa) August 5, 2018
また物語の中盤あたりで、サンローランが唯一恋愛対象として接していたモデル、ルル・ド・ラ・フェレーズとの決別するのが、サンローランのサロンに日本人が買い付けにやってきて、新しいコレクションを紹介した直後のことなのが皮肉めいている。
「エリゼ宮のお茶会に」とルルが言うと、「お茶会は用のない方」とサロンの担当者の女性がルルに言う。日本人にはこの遣り取りは、日本人にはわかりはしない。時代1960年代、遠い昔のことなのです。
日本にはお茶の世界は別に存在するのだが、説明するのは難しい。
イヴ・サンローランの映画は、ドキュメンタリー映画も撮られているので、デザインについてはそちらを見た方がよいのでしょうね。ただ、当時の暮らしの再現、サンローランとピエールが暮らした豪華な部屋、華やかなショウについては十分に楽しめます。
ceramicstarでした。
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